あだ名禁止に物申す。

昨日のテレビ番組で、ある一部の小学校で「あだ名禁止ルール」があるという話がありました。

あまりに極端ですね。

私自身、元中学校の教員です。そんな私でも「あだ名禁止」は、理解に苦しみます。

確かに、その子の氏名は、その子の先祖から受け継いだ苗字で、その子の親の思いが入った名前なので、敬うべきかもしれません。

事実、正式な氏名で呼ぶようにする方針の幼稚園や保育園は聞いたことがあります。

しかし、仲のいい友人同士であだ名をつけて親しみ合うことも大切で、コミュニケーションの一種だと考えます。

あだ名は「愛称」です。そんなに悪いものではありません。

親子・親類でさえ、あだ名を使う事があるのですから。

経験上、あだ名を付けることによっていじめに発展するのではありません。

他人を小馬鹿にする心が、悪いあだ名を付けるのです。

つまり、あだ名が付く前から、いじめの芽があるわけです。

悪いあだ名を付けなかったとしても、別な方法で小馬鹿にし、いじめに発展するでしょう。

あだ名を一律禁止にする意味が分かりません。

そんな仕組みを整えるのではなく、他人を思いやる心を育てるにはどうしたらいいのか、もっとプラスなルール作りや取り組みができるはずです。

「いつもキレイにお使いいただき、ありがとうございます。」

最近は、トイレにそのような言葉をよく見かけるようになりました。

あれこれ禁止するよりも効果的なのです。 (もちろん、明確に禁止の旨を示すことが必要なケースもあります。)

「あっ、キレイに使わなくちゃ!」そう気づかせてくれる言葉ですね。

学校でも、そんな取り組みがなされるべきだと、私は考えます。

逆に、みんなであだ名を付け合う授業っていうのも面白いかもしれません。

【注意!】大切なのは「ロウソクの科学」ではない。

吉野彰さんがノーベル化学賞を受賞されました。

おめでとうございます!

日本から次々に科学系のノーベル賞受賞者が輩出される事は、同じ科学に関わる者として嬉しい限りです。

さて、吉野さんが化学に興味を持つきっかけとなった「ロウソクの科学」という本に注目が集まっていますね。

電磁誘導などで有名なファラデーが、1861年に著した本です。

かなり昔の科学ですから、内容的に古くなった部分はあるかもしれませんが、大変良い書籍で、多くの科学者が影響を受けたと言われています。

ニュースなどで話題になり、「ロウソクの科学」が増刷されて売れ行きを伸ばしているようです。

ここの記事では「うちの子にも読ませたら、理科が好きになってくれるかも!?立派な学者になってくれるかも!?」という教育的な意味で読んだ方、または読もうとしている方に向けて書きます。

結論から言って、私はこの本が重要なのでは無いと考えます。

吉野さんは小学生の頃に読んだそうですが、恐らく一般的なお子様にこの本を渡しても、特に感銘を受けることはあまり無いと思います。

逆に「科学って難しい」という、マイナスな印象を持ってしまう人もいるでしょう。 ※ロウソクの科学を読まれたい場合、分かりやすく書き換えられた書籍が複数ありますので、読み比べて自分に合った物を購入してみてください。

吉野さんは、小学校の先生から薦められたということですが、吉野さんの学力や興味、性質など考えた上でのことでしょう。

棋士の藤井聡太さんが大きな話題となった時、彼が子どもの頃に遊んでいたおもちゃが流行りました。

しかし、そのおもちゃによって、同じように知育効果が現れるかどうかは疑問です。

歌手の平井堅さんは、 サザンオールスターズの「旅姿六人衆」がきっかけで歌手を志したそう。

彼が中学2年生で初めてこの曲を聞いたとき、涙が流れたそうです。

しかし、この曲を聞いた人全てが泣く訳でもなく、歌手を目指し始める訳でもありません。

私は小さな頃に「振動反応」という科学現象を見たことで感銘を受け、科学に強い関心を持ち、今に至ります。

振動反応は、複数の液体を混ぜて放置するだけで色が変わり続けるという、大変不思議で複雑で興味深い現象です。

ところが、サイエンスショーで振動反応を見せても、同じように感銘を受ける子どもたちは非常に少ないです。

多くの子どもたちは「まぁ、なんかスゴイ。でも…だから何?」という感じでしょう。

サイエンスショーでは、1公演の中でたくさんの実験を行います。

でも、感銘を受ける現象は、人それぞれです。

私でも「そこ!?」と驚くような、小さな現象に強い興味を持つ人もいれば、強烈なインパクトがなければ全く興味を示さない人もいます。

科学現象よりも解説の内容に驚き、私を質問攻めにするほど興味を抱く人もいます。

人は千差万別です。

だから、同じものを見聞きしても、感銘を受けるポイントはそれぞれ。

興味の向き方もそれぞれ。

適した学問や職業もそれぞれです。

最も大切なのは「巡り合わせ」です。

自分に合ったものに出会えた時、「ドキドキ・ワクワク・ウキウキ」した感じを受けるはずです。

その気持ちを忘れず、その後に生かしましょう。

「ロウソクの科学を読むこと」「旅姿六人衆を聴くこと」「振動反応を見ること」が無意味と言っている訳ではありません。

様々な経験を通して、貴方に合ったものを見つけてほしいのです。

あるすごい人が「この本が良い」「この勉強法がいい」と言ったからといって、それは「貴方にとっての(貴方のお子様にとっての)成功の秘訣ではない」のです。

まずは良い巡り合わせがありますように。

かがくってなぁに?[子どもに科学を説明する]

お子さんに「科学って何?」と聞かれたらどのように説明しますか?

改めて考えると、意外と難しいことに気付きます。

 

九州サイエンスラボでは、幼稚園や保育園に定期出張もしています。

英語教室とか体操教室とかと同じ、外部講師ですね。

初回の教室で、保育園の先生に「お友達でも分かるように”科学”を説明してください」とムチャ振りしますw

まぁ、答えられません。

宇宙とか、化学反応とか、おもしろ実験で言えば空気砲とか。

なにか具体的なものをつらつらと挙げるか、「不思議でとっても面白いもの」という

とても漠然とした答えで誤魔化す感じが多いでしょうか。

これは大人も「科学」を「何か特別なもの」として捉えている証拠です。

 

先に答えを言えば「あらゆるものが科学」です。

科学は特別なものではありません。

貴方が生きていて、そこに存在しているのも科学。

ご飯を食べないと生きていけないのも科学。

食べたらう〇ち( ´艸`)をするのだって、立派な生物学でしょ?

ここに空気が存在している、地球が存在している、宇宙がある…全て科学。

朝が来て、昼が来て、夜が来るのも科学。

おしゃべりしたり、文字を書いたり読んだり、遊んだり、絵を描いたり、歌うのだって科学。

世の中のもの全てはこの宇宙から誕生したものですから、人・動物・植物の営み自体も科学です。

転がっている石や水、空気、宇宙空間、星…世の中のあらゆるものが宇宙の法則でできているから、この世の全てを「科学」として捉えることができるんです。

そして、その正体を考えたり、現象の理由を考えて、真実を見つける事。

この世の理(ことわり)にたどり着こうとする事が科学です。

なんだか難しい言い方になってしまいましたが、

小さな子どもたちは何でも「なんで?」って聞きますよね?

その気持ち(知的好奇心)は、既に学問的な「科学する心」なんです。

 

大人になると、いちいち細かいことを「なんで?」とは考えず「当たり前」と捉えてしまいます。

理科は小学3年生からしか始まらないので、幼児期の子どもたちに科学は早すぎると思う方もいらっしゃいます。

しかし、私は最も適した時期は幼児期だと思います。

その時期に溢れ出る知的好奇心を、大人になっても大切にすることが、科学教育で最も大事なことだと思います。

何に対しても「なぜ?」と思っていい。

「1+1はなぜ2になるの?」エジソンが子どもの頃に発した言葉とされるます。

そのような疑問が出ることは「すばらしい事なんだ」と理解してもらうことが大切だと考えています。

 

だから、「何でも科学」。

そして、「なんで?と考えるのが科学」。

さらに、「ああかな?こうかな?」と考え、

その考えが正しいかを確かめるのが「実験」であり「観察」です。

 

子どもたちはすでに遊びの中で実験や観察をしています。

校庭の端でボーっと葉っぱをちぎっていたら、葉脈が堅い事に気付いたり。

草を引っこ抜いて、根の張り具合に気付いたり。

泥に足を突っ込んだら靴が脱げてしまったり。

空を見て、青かったり赤かったりするのを眺めたり。

アリの動きをジーっと追ってみたり、行列の邪魔をしてみたり、巣穴をふさいでみたり。

 

科学って、そんなありふれたものなのです。